2013年7月28日日曜日

直島の宮浦港にて

宇野港から小型の高速船で15分ほど。あっという間に、直島の宮浦港に到着した。


港には、SANNAの設計による、海の駅なおしま、という建物が、来訪者を出迎える。

その形状は、SANNAが最近手がけた、フランスのランスに完成した、ルーブル美術館の別館の建物を連想させる。


全面ガラス張りで開放的な雰囲気。中には、島の観光案内所、フェリーのチケット売り場、島の土産物売り場、小さなカフェなどがある。


フェリー乗り場のすぐ近くの広場には、草間彌生のお馴染みの水玉をあしらった大きなオブジェが鎮座している。

格好の記念撮影場所になっており、フェリーを待っている間に、多くの人が記念撮影をしていた。

島内での移動には、町内バスを利用した。さすがに、それほど多くの本数が運行しているわけではなく、1時間に1〜2本程度。フェリーの発着時間とも連動していた。

バスの大きさも、都会の路線バスのような大型ではなく、マイクロバスだった。休日や芸術祭の期間中は、すぐに満員になってしまうようだ。

フェリー乗り場の近くには、レンタルサイクルの店もあったが、この日は30度を超え、とても暑い日だったので、さすがに自転車は乗る気になれなかった。

宇野港から直島へ

旅の二日目。

まずは、大阪から新幹線で岡山に移動した。

岡山からは、宇野線で宇野港に向かう。宇野港からは、私の目的地である直島をはじめとして、小豆島など瀬戸内海の島々へのフェリーが出ている。


宇野線は、岡山からは、1日に何本といった程度しか運行していない。マリンライナーで、児島というところまでいき、そこで宇野線に乗り換えた。

マリンライナーは、四国大橋を渡り、岡山から高松まで行ける。いつか、一度乗ってみたい電車だ。


児島駅であらかじめ待っていた宇野線に乗り換えると、社内が華やかな雰囲気に包まれていた。荒木経惟の美しい花の写真。

今年、瀬戸内海一帯で、瀬戸内芸術祭2013が開催されている。春、夏、秋の3回に分けて開催されるスケジュール。この社内のデコレーションも、その瀬戸内芸術祭の展示の一環らしい。

よく見ると、写真の花の中心に、小さな天使の像がおかれている。この天使に導かれて、直島などの瀬戸内海の島々の、芸術のパラダイスに向かう、といったところだろうか。


宇野港に着いた。この日もうだるような暑さ。平日ということもあり、港は閑散としていた。

外国人の家族連れの観光客が1組いた。直島を目指すのだろう。

上の写真の左手遠くに写っているのが、直島の北部。フェリーで15分ほど。泳いでわたれそうな距離にあるが、なぜか、直島は向かいの香川県に属している。


宇野港から直島へは、フェリーも出ているが、時間の関係で、小さな高速船で向かうことになった。

船内はほぼ満席で、外人も含めた観光客が多かったが、中学生とおぼしき学生が何人かいた。一人の男の子が、友達の輪からはずれ、一人窓際に席をとり、ずっと島の方を眺めていた。

直島には、立派な校舎の中学校がある。高校生だったのかもしれないし、わざわざ島の外の中学に通っているのかもしれない。船員とも顔見知りで、乗り馴れている雰囲気だった。

夏の海 学生たちは 何思う

2013年7月27日土曜日

住吉大社の境内を巡る

住吉大社の祭神へのお参りを終えて、境内をブラブラとした。


住吉大社の代名詞とも言える反橋。少し離れて、堀にうつる姿を見ると、実に美しい。

住吉の 虹の反橋 夏の暮れ

人間の住む俗世間と、神々の住む領域を別ける境目を表しているといわれる。その意味で、虹にたとえられることもある。


誕生石という立札が建っていた。幕末の討幕運動の中心となった、島津家の始祖、島津忠久が誕生した場所であるとのこと。

生んだのは、丹後の局という女性。源頼朝の乳母であった女性の長女で、後に、関東武士の安藤盛長の正室となった人物。ある歌人との間に、島津忠久を生んだという。


境内の右隅に、大きな田んぼ、御神田が見える。今でも、無農薬農法で、稲を栽培しているようだ。

住吉大神が、草を敷かないで苗代を作る方法を教えてたという伝説があり、また、神功皇后が、長門の国から植女をよんで、この田んぼを作らせたともいう。

住吉大社は、禊の神であり、海の神でもあるが、水田の神でもあるということか。いずれにしても、水に縁のある神様であるようだ。


無農薬の御神田を害虫から守っているのは、境内のあちらこちらで目にする、こうしたカモたち。お務め、ご苦労様。

害虫を 食らうカモたち 昼寝中

住吉大社の祭神について

住吉大社の本殿のお参りの時間は、17時まで。すでに時計は16時55分ほど。守衛さんが、本殿への入り口の門を閉めようとしていた。

すみませーん。お参りさせてください!

はいはい、どうぞ。ゆっくりお参りください。

以外に、やさしい反応。守衛さんの顔が、神様に見えた。

慌てて本殿に入ると、さすがにすでに誰もいない。整然としたその雰囲気に、一瞬、焦っていた気持ちが和らいだ。

本当は、第四本宮からお参りするのが正しいのだろうが、なぜか、第一本宮からお参りした。

住吉大社の祭神は4柱。そのうち3神は、国生みを行ったイザナギが、死んだイザナミを黄泉の国に尋ね、逃げ帰った後に行った禊から生まれた多くの神の中の3神。もう1神は、神功皇后となっている。


この第一本宮に祀られているのは、その3人のうちの底筒男命(そこつつのおのみこと)。


つづいてお参りした、第二本宮。この第二本宮に祀られているのは、中筒男命(なかつつのおのみこと)。


最後にお参りした、第三本宮。この第二本宮に祀られているのは、表筒男命(うわつつのおのみこと)。

この3神の誕生について、古事記には次のように書かれている。

次於水底滌時。所成神名。底津綿(上)津見神。次底筒之男命。於中滌時。所成神名。中津綿(上)津見神。次中筒之男命。於水上滌時。所成神名。上津綿(上)津見神【訓上云宇閇】次上筒之男命。

この文章には、6人の神の名前が記されているが、なぜか、そのうちの3人だけが、この住吉大社の祭神になっている。

先に、最後と書いたが、実は、この第三本宮の右側に、神功皇后が祀られている第四本宮があるのだが(少しだけ、上の写真に写っているが・・・)、すっかりお参りするのを忘れてしまった。

神功皇后が、熊襲や隼人の反乱にあった時、その背後には三韓があるとして、三韓に遠征した際に、住吉大社の神々(住吉大神)が、嵐などを吹かせ、皇后の軍勢を強く支援したという。

その後、住吉大神のお告げによって、この地に、神功皇后によって、この大社が建てられたと言われている。

さて。慌ただしくお参りを終えて、本殿を後にした。

2013年7月21日日曜日

住吉大社への道は遠かった

国立国際美術館で展覧会を鑑賞した後、住吉大社へ向かった。

今回の旅は、瀬戸内海を船で移動することが多い。旅の安全を祈り、是非とも、住吉大社へお参りをしておきかった。

住吉大社を訪れるのは初めてだった。難波から、南海電鉄で行こうと思い、難波駅にむかったが、住吉大社に止まる電車は、各駅停車のみ。しかも、ちょうど出発したばかりで、次の電車までは30分あるという。

待つ時間も惜しいので、別な路線で行こうと思い、電車を乗り継いで、路面電車の阪堺線で住吉大社に向かったが、こちらも乗り継ぎが悪く、結局、南海電鉄の各駅停車を待った方が、早くついたかもしれない。

いやはや、住吉大社への道は、予想以上に遠かった。

また、この後の旅に対しても、やや不安な気持ちになった。


さすがに、摂津の国の一宮、大阪での初詣で最も多くの人が訪れるだけあり、堂々とした偉容を誇っている。


入り口の鳥居をくぐると、大きな太鼓橋が目の前に立ちはだかるように建っている。この住吉大社を象徴する橋は、淀君が寄進したと言われている。

橋のたもとには、この橋をテーマにした川端康成についての説明板があった。川端康成が、大阪の出身であることを初めて知った。


その太鼓橋を越すと、住吉鳥居と、その奥にある本殿が見えてくる。

この時点で、すでに16時55分ほど。参拝は17時までなので、ほとんど時間がない。守衛さんが、すでに本殿の扉を閉め始めていた。

息を切らしながら、本殿に向かった。

炎天下 住吉大社は 遠かった

国立国際美術館にて

2013年7月11日(木)の朝、新幹線で、大阪に向かった。

平日ということもあり、東京から完成に移動するサラリーマン姿が多い。

しかし、7月の夏休みシーズンで、連休を控えていることもあり、旅行客とおぼしき人々の姿も、時々眼についた。

大阪に着いて、まずはホテルに荷物を置いて、早速、中之島にある国立国際美術館に向かった。


ちょうど、この美術館で、”美の響宴 完成コレクションズ”という名前の展覧会が開催されていたからだ。

関西地方にある、6つの公立の美術館が所蔵する、20世紀以降のアート作品を一同に展示するという魅力的な企画内容。

ちょうど、この旅行期間中と会期が重なっていたため、そこに展示されていた、セザンヌ、ウォーホール、ロスコ、バスキアなどの作品を、味わうことができた。


美術館は、四つ橋線の肥後橋駅から歩いて5分ほど。肥前橋を渡った、すぐの所にある。

この辺りは、およそ10年ほど前、仕事でよく来ていた。その後、新しいビルが多数建てられ、景色もその当時とは大分と変わってしまった。


しかし、時々、昔の雰囲気を残している、味のある建物を、いまでも見ることができる。

旅の概要

2013年7月11日(木)から15日(月)にかけて、大阪、岡山、直島、高松、松山、広島を旅した。

その旅の思い出を、いくつかの写真とともに辿る。

訪れた主な場所は、以下の通り。
・住吉大社
・直島
・高松城
・金比羅大社
・道後温泉
・松山城
・原爆ドーム
・厳島神社

5日間という短い日程の中では、実に弾丸な内容の旅であった。