国立国際美術館で展覧会を鑑賞した後、住吉大社へ向かった。
今回の旅は、瀬戸内海を船で移動することが多い。旅の安全を祈り、是非とも、住吉大社へお参りをしておきかった。
住吉大社を訪れるのは初めてだった。難波から、南海電鉄で行こうと思い、難波駅にむかったが、住吉大社に止まる電車は、各駅停車のみ。しかも、ちょうど出発したばかりで、次の電車までは30分あるという。
待つ時間も惜しいので、別な路線で行こうと思い、電車を乗り継いで、路面電車の阪堺線で住吉大社に向かったが、こちらも乗り継ぎが悪く、結局、南海電鉄の各駅停車を待った方が、早くついたかもしれない。
いやはや、住吉大社への道は、予想以上に遠かった。
また、この後の旅に対しても、やや不安な気持ちになった。
さすがに、摂津の国の一宮、大阪での初詣で最も多くの人が訪れるだけあり、堂々とした偉容を誇っている。
入り口の鳥居をくぐると、大きな太鼓橋が目の前に立ちはだかるように建っている。この住吉大社を象徴する橋は、淀君が寄進したと言われている。
橋のたもとには、この橋をテーマにした川端康成についての説明板があった。川端康成が、大阪の出身であることを初めて知った。
その太鼓橋を越すと、住吉鳥居と、その奥にある本殿が見えてくる。
この時点で、すでに16時55分ほど。参拝は17時までなので、ほとんど時間がない。守衛さんが、すでに本殿の扉を閉め始めていた。
息を切らしながら、本殿に向かった。
炎天下 住吉大社は 遠かった
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