2013年7月27日土曜日

住吉大社の祭神について

住吉大社の本殿のお参りの時間は、17時まで。すでに時計は16時55分ほど。守衛さんが、本殿への入り口の門を閉めようとしていた。

すみませーん。お参りさせてください!

はいはい、どうぞ。ゆっくりお参りください。

以外に、やさしい反応。守衛さんの顔が、神様に見えた。

慌てて本殿に入ると、さすがにすでに誰もいない。整然としたその雰囲気に、一瞬、焦っていた気持ちが和らいだ。

本当は、第四本宮からお参りするのが正しいのだろうが、なぜか、第一本宮からお参りした。

住吉大社の祭神は4柱。そのうち3神は、国生みを行ったイザナギが、死んだイザナミを黄泉の国に尋ね、逃げ帰った後に行った禊から生まれた多くの神の中の3神。もう1神は、神功皇后となっている。


この第一本宮に祀られているのは、その3人のうちの底筒男命(そこつつのおのみこと)。


つづいてお参りした、第二本宮。この第二本宮に祀られているのは、中筒男命(なかつつのおのみこと)。


最後にお参りした、第三本宮。この第二本宮に祀られているのは、表筒男命(うわつつのおのみこと)。

この3神の誕生について、古事記には次のように書かれている。

次於水底滌時。所成神名。底津綿(上)津見神。次底筒之男命。於中滌時。所成神名。中津綿(上)津見神。次中筒之男命。於水上滌時。所成神名。上津綿(上)津見神【訓上云宇閇】次上筒之男命。

この文章には、6人の神の名前が記されているが、なぜか、そのうちの3人だけが、この住吉大社の祭神になっている。

先に、最後と書いたが、実は、この第三本宮の右側に、神功皇后が祀られている第四本宮があるのだが(少しだけ、上の写真に写っているが・・・)、すっかりお参りするのを忘れてしまった。

神功皇后が、熊襲や隼人の反乱にあった時、その背後には三韓があるとして、三韓に遠征した際に、住吉大社の神々(住吉大神)が、嵐などを吹かせ、皇后の軍勢を強く支援したという。

その後、住吉大神のお告げによって、この地に、神功皇后によって、この大社が建てられたと言われている。

さて。慌ただしくお参りを終えて、本殿を後にした。

0 件のコメント:

コメントを投稿