瀬戸内を巡る旅の4日目。午前中、松山城を訪れた。
道後温泉から、路面電車で松山城の近くで降り、ロープウェー乗り場へ。松山城は、勝山という標高120メートルほどの小高い山の上に建っている。
豊臣秀吉の子飼の武将、加藤嘉明が、この地に封じられた際に、この城を築いた。現在の天守は、江戸時代の末に建てられたが、江戸時代以前に建てられた天守で現存するのは、全国でわずか12しかないという。
加藤嘉明は、その後、会津の蒲生氏が去った後の会津に移動となり、代わって藩主となった松平氏が、幕末までこの城の主となった。
天守の最上階からは、松山市内が一望に見渡せる。
正岡子規は、この城下町をテーマに、いくつかの俳句を残している。日清戦争の従軍記者を務め、その激務から大量の吐血を起こし、明治28年に松山に療養で戻った際に詠んだのが次の句。
春や昔十五万国の城下かな
この昔という言葉には、一般的な歴史の時間の流れと、自分の人生の流れと、その二つの時間の流れの中での意味が、含まれているように思える。
遠くに、松山港と瀬戸内海が望める。午後は、その松山港から広島を目指す。
城内にあった桜の木。水墨画の絵の中で、よく描かれているように、直角に曲がった枝が印象的だった。
この日は、とにかく暑かった!天守近くにあった売店で、伊予柑ソフトクリームに飛びつく。伊予柑の果実も少しついいて、美味しかったなあ。
天守に向かうまでに、いくつもの門を通っていく。その度に、あたらしい建物や景色が現れて、見学者を飽きさせない。
この城が最初に建てられたのは、江戸時代以前で、当然のことながら、そうした構造は、この城を攻めようとする敵を混乱させるために、このような複雑な建築となったのだろう。
現代の平和な時代にあっては、まるで迷路のように感じられ、観光にはうってつけの場所になっている。2009年にはミシュランガイドで二つ星に選定された。
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