2013年8月25日日曜日

金比羅宮参り いよいよ本宮へ

巨大な旭社から、右手に進むと立派な門が見えてくる。これは、賢木門といい、戦国時代に四国を統一した長宗我部元親が奉納したといわれている。


長宗我部元親は、四国の統一の戦乱の中で、多くの神社仏閣を破壊した。ある時、この金比羅宮周辺に進出した際に、その森が、まるで平氏の軍勢のように見え、大きなショックを受ける。

老臣に尋ねると、それは、金比羅様が、神域を侵した元親に警告したのだという。元親は、自らの行動を悔い改め、この門を奉納したという。

その際に、あまりに慌ててこの門を作ったので、木を逆さまに組んでしまい、そのためこの門は逆木(さかぎ)門と呼ばれた。後に、字を改め、現在の賢木門となった。

森が敵軍に見えるという話は、シェークスピアのマクベスにも登場する。奇しくも、マクベスが書かれたは、1602年頃と言われ、元親の生きた時代と同じで、不思議な偶然だ。


その賢木門をくぐりしばらく行くと、右手に社があった。これは遥拝所と呼ばれ、ここから、伊勢神宮や、各地の天皇陵を拝むのだという。


さらにしばらく進むと、うっそうとした森が見えてくる。この日はとても暑かったが、このあたりは、涼しく感じる。

本宮にいよいよ近づいていることが、その神聖な雰囲気からも感じられる。素晴しい演出だ。


本宮に続く最後の石段。この石段の上に、本宮がある。


本宮に続く石段の上の方に、百度石が置かれていた。本宮への百度巡りを行い際は、ここと本宮の間を行き来するのだろう。

百度石の一番上の所には、そろばんのようなものがある。一度、お参りする度に、その板を右あるいは左に移動させ、数を覚えておくのだろう。

百度石は、亀の甲らの上にあるが、金比羅宮のある辺りは、かつて亀頭山と呼ばれており、その名残かもしれない。



ようやく、785段の長い石段を登り切った!この達成感は、何とも言えない。

石段を上がったすぐ目の前に、金比羅宮の本宮が、疲れ切った参拝者を迎る。

この金比羅宮の本宮の祭神は、大物主神と崇徳天皇。

大物主神は、神話の中で、波間から現れる神として描かれている。そのためか、金比羅宮は、昔から、安全な船の航行の守り神として、瀬戸内周辺の人々の厚い信仰を集めていた。

もう一方の崇徳天皇は、保元の乱で、敗軍についてこの地に流された悲劇の天皇。都に戻ることを夢見ながら、それが許されず、この地で命を落とした。

その死にあたり、自ら腹を切り、その内臓を天井に投げつけ、魔界の王となって天皇家を呪ってやると叫んで、昇天したと言われている。

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