途中 、右手に大きな、個性的な建築様式の校舎が見えてきた、あとで調べたら、直島小学校と、直島中学校ということだった。
どちらの学校でも、外人の教師による、英語の授業が行われているという。
また、途中、本村港という港の近くの町中を通った。狭い通りの両側に、昔懐かしい雰囲気の住宅がびっじりと立ち並んでいる。
この周辺にも、ANDO MUSEUMや、家プロジェクトなどの数多くのアート作品がある。残念ながら、今回は、時間の都合で、訪れることはできなかった。
つつじ荘というバス停から、今度は、ベネッセが無料で運行するバスに乗り換え、地中美術館に向かった。
この一体は、ベネッセの私有地になっており、町内バスは、その内部では運行してないようだ。
バスは、平屋建ての建物の前で止まった。ここが、地中美術館のチケットセンターになっている。
始め、私たちは、上の写真の奥に写っている小さな部屋に通されて、そこで、美術館の職員から、この美術館についての説明を受けた。
世界各地の美術館を回っているが、このように、事前に説明を受けることは、珍しい。正直、”勘弁してくれよ・・・”という気持ちになった。
説明を受けた後、チケットを購入し、美術館の入り口に向かう。入館料は、なんと2,000円。高いなあ。
チケットセンターから、地中美術館の入り口までは、なだらかな坂道を上り、数分歩いていく。途中、左手に、美しい緑の池があり、睡蓮の花がその表面を覆っている。
これは、美術館の中に展示されている、モネの睡蓮の絵を、実際の姿として再現したもののようだ。
しばらく歩くと、ようやく、入り口が見えてきた。今度は、コンクリートで敷き詰められた坂道を上ると、同じくコンクリートで作られた、入り口の壁が見えてくる。
美術館の内部は撮影禁止。外人の来場者は、おかまいなしで、バチバチと撮影していたが、日本人である私には、そんな品のないことはできない。
最初の作品である、モネの作品が展示されているクロード・モネ室にたどり着くまでに、まずは、この美術館を設計した安藤忠雄という世界的な建築家の、その驚異的な建築作品に圧倒されることになる。
地中美術館という名の通り、建物はほとんどが地中に埋まっている。外が見えないので、来場者は、壁伝いに沿って歩いていくしかない。ところどころに、迷路のような仕掛けが施されており、”こっち?それともあっち?”など、迷いながら進んでで行くことになる。
モネの睡蓮にたどり着くまでに、来場者は、すっかりこの美術館に打ちのめされている。
クロード・モネ室に入るには、履物を脱いで、スリッパに履き替えなければならない。部屋の床は、イタリア、カラーラ産のビアンコカラーラという、ミケランジェロも使用したという大理石を、2cm角に切り取り、それが敷き詰められている。
壁は白一色、部屋の上から外の光が取り入れられているので、地中にいることを忘れてしまう。
モネの睡蓮の油絵が、5つの壁面に、それぞれ1枚づつ飾られている。壁の色が真っ白なので、その絵の色が、実に鮮やかに見える。
この空間は、間違いなく、世界で最も美しい空間の1つであるといっても、言い過ぎではないだろう。
いずれの作品も、すべて1914年以降に描かれている。20世紀に描かれた作品だ。
近寄ってよく見ると、絵の具がたんに不規則におかれた、抽象画のようにしか見えない。しかし、次第にその絵の前から遠ざかると、睡蓮の姿が、徐々に表れてくる。
最晩年のモネがたどり着いた、芸術の極地がそこにはある。
クロード・モネ室を出る頃には、自分が、とてつもない建物の中にいるということが、ようやくわかりかけてきた。
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