この鳥居は、桜馬場西詰銅鳥居といい、この周囲には、広場があり、一休みできるようになっている。
神様が乗るといわれる、2匹の神馬がいて、多くの人がカメラに収めていた。
桜馬場西詰銅鳥居の先からは、まだ急な石段が再開する。この石段を登り切った右手には、円山応挙の襖絵がある書院がある。
その書院は、帰りに立ち寄ることとして、まずは本宮を目指し、左手に進む。
そして、これまでで一番急ではないかと思われる石段が、目に前に立ちはだかる。
改めて、こうして写真で見ると、それほど急には見えない。しかし、すでに疲れがピークに達しようとしているこの時は、この石段が、まるで垂直に近いように見えた。
旭宮に向かう石段の途中に、祓戸社。文字通り、お祓いを行う神様が祭られており、ここので、本宮に向かうために、お祓いをする、という意味があるのかもしれない。
長い石段を上がり切ると、巨大な建物が見えてくる。これが、本宮か?とおもいきや、まだまだ。
これは、旭社といって、祭神には、天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・伊邪那岐神・伊邪那美神・天照大御神・天津神・国津神・八百万神という錚々たる名前が並ぶ。
建物は、天保8年(1837年)に建てられたもので、そうした多くの神々を祀るに相応しい、壮麗な建築物になっている。
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